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おもひでぼろぼろ ~少女時代~
少女・・・なんてガラでもなかったですけど(笑)。

さてさて今日はいろいろと変化のあった小学生時代を書きたいと思います。
長くなりそうなので2回ぐらいに分けるかもです。


“自分がエホバの証人であること”と“JW問題のせいで父がいなくなった”ことを認識し始めたのは小学校に入学したあたりからだと思います。それまでは週末だけ会う父とも変に気を使うことなくわりと仲良くやってました。サッカーを教えてもらったこともあったなぁ。

しかし、上記のことを意識し始めてからは、ダメだった。
父にも真理を知ってもらわなきゃ!という気持ちとか、母のことを分かってあげようとしなかった父への怒りの気持ちとかが芽生えてきて、どうにも普通の親子として接することができなくなりました。

で、そんな気持ちを手紙に書いて父に渡そうとしたことがあったんです。
確か5,6歳のころだったかなぁ。家でもくもくと文章を考えながら書いていたら、母が驚くほど冷静に「父さんは手紙嫌いだから読まないよ。」と言ったんです。

いや~ビックリですね(^^;)。

ガキんちょがガキんちょなりに、小さな脳みそ振り絞ってるわけですよ。
そこへバッサリと一刀両断するかのような一言ですよ。
きっと母もその頃はもういっぱいいっぱいで子供を気遣う余裕なんてなかったんだと思うんですけどね。今なら、それも分かるんですけど。だから別に根に持ってないんですけど。ほんと、全然。

しかし子供心にはすんごいショックで、書いてた手紙をぐちゃぐちゃにして大泣きです。
「エホバー!父さんが分かってくれますように~。」とか叫びながら。
相当イっちゃってる子供です(汗)。こんな子供いたら恐いですよ。自分だけど。

問題の根本は他でもない“エホバ”なんですが、当時は父さんさえ話を聞いて受け入れてくれたら解決するんだと信じてましたからねぇ。その思い込みはJWをやめる頃まで続くんですが・・・。


そんなこんなで、父への愛情みたいなものは小学生時代から薄くなった気がします。
父が理解を示さなかった分、自分が母と一緒にJWとして頑張らなきゃと。


そんな子供だったので、やたら正義感が強くて自分の価値観を押し付ける傾向がありまして、
クラスメイトには鬱陶しがられることもちょくちょくあったんですが、それでも結構うまくやれてました。
なんせその頃はまだ、持ち前の明るい活発な性格が失われてなかったのでね(笑)。

しかし、家庭内はやっぱりなかなかどうして辛い環境で・・・。
あの頃はとにかく兄も母も精神的に不安定で、子供ながらに心中するんじゃないかと本気で思ってました。きっと自分が学校に行ってる間に、2人で死んじゃうんだと。学校に行く前になると、不安でたまらなくなっていっつも「行きたくない~」と思ってたんですが、不思議と学校の敷地内に入ってしまうと不安も消えちゃうんですよね。とにかく朝だけがいつもしんどかった。


1年生ぐらいの頃、ある日たまたま夜中に目が覚めたら、母と兄がいなかったことがありました。
あの時の恐怖感ったらもう、いまだにハッキリ覚えてます。パニックになって、でも真っ暗な外に探しに行く勇気もなくて、「もう帰ってこないんじゃないか」という考えを誤魔化すために、一心不乱にゲームボーイのマリオをやりまくって・・・。確かあの夜のうちにクリアしたんじゃなかったっけ(笑)。

気になる2人の行方は、なんてことないTSUTAYA行ってただけという・・・。

“脱力感”というのをあの歳にして初体験しました(笑)。


なにはともあれ、それから4年生ぐらいまでは担任にもクラスにも恵まれて(同じクラスにJWがいたので証言も2人でできたし)それなりに楽しく、JW的にも模範囚・・・もとい模範的で注解にも奉仕にも活発に参加するという、まあまあ良い感じの人生でありました。

思えば3,4年の頃が一番友達も多くてサッカー漬けの毎日で、JWの方でも晴れて伝道者となり、
まさしく人生のピークだったかもしれません。


5年生に入った頃から、早くも下り坂を転がり落ちていきます(爆)。

「この先生だけは死んでも嫌だ。」と目を付けてたヤツが担任になり、クラスも最悪。
5年生ともなると、男子と女子がなんとなく意識し始め、これまでのように「サッカーやろうぜぃ!」なんて雰囲気もなくなってしまい。女友達をほとんど作ってこなかった自分は見事に居場所がなくなり。

たぶん、この頃からJWの子供特有の、変に大人びたところと幼稚さのアンバランスさみたいなのが、
だんだんと“変なヤツ”というオーラとなってクラスメイトに認知されるようになってきたんじゃないかと。
悪いことにこの頃から自分の中でも「自分はこんなバカどもとは違う。選ばれたエホバの民なんだ。」みたいな自意識も強くなってきちゃった気がする。

実際、JWを抜きにしてもそのクラスは学級崩壊で、担任もストレスで参っちゃって、
他の先生に代わってしまったぐらい。

大人が参るなら、わたしも参るわい!ってことで、晴れて5年生の春、ゴールデンウィーク明けから不登校となりました。

まあ、低学年の頃から不登校の片鱗は見えてましたからねぇ。
それまでエンジョイできてたのは、奇跡的に環境に恵まれてたおかげでしょう。


不登校になる前後は本当に毎日死にたくて死にたくて、学校もしんどい家もしんどいって感じで。

しかし、不登校という道が正解だったのかは分からない。
おかげで学歴コンプレックスとも長いお付き合いになってしまったし(^^;)。

それでも、その時はそれしかなかったんだから、しょうがないとも思う。
それでしか自分を救えなかったんだろうから。



なんだかんだで勢いで1回で書いてしまいました。
暗い上に長文になって申し訳ないです!

次回、いよいよ引きこもり時代に突入です。まだまだ暗い話が続きます(苦笑)。

どうか皆様、あまり神妙にならずお気軽にお楽しみくださいね(無理ですか?w)。
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テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記

【 2009/03/02 12:21 】

| JW回想録 | コメント(4) | トラックバック(0) |
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コメント
--- ---

>「自分はこんなバカどもとは違う。選ばれたエホバの民なんだ。」

まさしく、俺もそう思ってた。
と言うか、そう思わないと自分の生きる意味を見失うというところでしょかね、今振り返れば。
なんでそんなに頑張れたか今となっては不思議でしゃーない(笑)
ジャンボ * URL [編集] 【 2009/03/04 23:59 】
--- ジャンボさんへ ---

>そう思わないと自分の生きる意味を見失うというところでしょかね

まさしくそのとおりですな!
他人を見下すことでしか生きる意味を見出せないって・・・
めちゃくちゃ切ない生き方ですよねぇ(TT)。

うん、あの頃の自分よくガンバッタ。
ゆずぽん * URL [編集] 【 2009/03/05 14:38 】
--- 相川七瀬は少女とは呼べない ---

駄目だ…

ブっとばされそうな事書きます。

自分が急かしておいてコメントが思いつきません。これが、男の子の話なら、ヘーホーフーンとある程度冷静に読めるんですが(自分も経験しているから)、娘がいる身としては言葉がでませんです。

ゆずぽんさんは決してイッてなんかいない。子供ってどんな状況でも親に無垢な愛を向けてくれるんですよね。それを無にしてしまわないように本当に心したいと思いました。
ゲハジ * URL [編集] 【 2009/03/08 09:44 】
--- バキーッ(拳) ---

なんちゃって(笑)。

いやいや、我ながらコメント付けにくい記事だと思いますので大丈夫ですよぉ。
どうか気にしないで下さい。

ゲハジさんの優しい気持ちは十分に伝わってきてますよん。
ありがとうございます(^^)。
ゆずぽん * URL [編集] 【 2009/03/08 23:36 】
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