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おもひでぼろぼろ ~最終決戦・前編~
さてさてだいぶ時間がかかってしまいましたが、やっとここまで来ました。

JWをやめるorやめないで悩んだこの頃の緊迫した心境は、今となってはだいぶ薄れてきているのですが、なんとかおぼろげな記憶を辿りつつ書いてみたいと思います。だらだらと長文になってしまうかもしれませんが、あしからず。


すっからかんの状態になって伝道者に復帰したのが2006年の10月末。
それからは一人でなかなかのペースで奉仕に参加するようになりました。
母とではなく、群れの姉妹とやる奉仕は初めはほんとに緊張して胃が痛かったですが、だんだんと慣れてきて母とやるより楽しくなってきたりもしてたような。母とだと、ついついダラけてしまうのでね。

しかし、他の姉妹との奉仕で印象に残ってるのは、とにかくほとんど“励まされる”ことがなかったということ。母よりも年配で何十年とやってきてる姉妹達のはずなのに、特別証言テクがあるわけでもないし、奉仕タノシー!!って感じでも全くないし(^^;)。

一度かなりベテランのある姉妹と住宅街を奉仕してた時、隣の家への移動中に「前うちの会衆にいたA夫妻の娘さん、自殺されたのよ・・・。」なんて話を始めまして。内心「このタイミングでーーー!!??」と本気でビックリしました。ありえないでしょう、そんな重い話をインターホン押そうとしてる家の前でなんて・・・。てかそもそも新人の伝道者にしていい話じゃないでしょう。ほんま意味分からん。

どいつもこいつも「新しい伝道者を励まさなきゃ!」なんて気持ちはさらさらなく、
むしろ離れてる自分の子供の相談をしてきたり、体がしんどいとグチってきたり、あの長老は冷たいだの○○姉妹は無神経だのグチってきたり。特に子供の相談にはかなり真剣に乗ってたなぁ(^^;)。

そんなこんなで、なんてプロ意識のない普通の主婦たちなんだ!とちょっと幻滅してました。


なんかこう、バプテスマへの踏ん切りがつかないまま、10ヶ月ぐらいが過ぎていき・・・。



2007年の夏の終わりぐらいからだったかな、兄が母への説得を開始したのは。
(ここらへんの詳しい状況は兄のサイトで書かれているので、ここではわたし個人の心境をメインに書きたいと思います。)


兄と母が難しい顔をして長々と話しているのは目にしてて、どことなく嫌な予感は抱いていました。
いつもとはどこか空気が違っていて、二人ともとてもしんどそうで。

これは絶対加わりたくないな~と思って傍観を決め込んでいたのですが、母が長老に相談したりし始めたあたりから、どういう事態になっているのか知ることになりました。それでもまだ、母は絶対に離れたりしないと思い込んでいたので、兄から話を振られてもほとんど聞こうとせず避けるようにしてましたね。

しかし、だんだんと母&わたしVS兄の構図から、わたしVS兄&母となっていきまして・・・。
これはヤバイんじゃないかと。マジで母はJWをやめる気なんじゃないかと、そんな危機感がどんどん膨らんでいく中、2人の長老と母&わたしのメンバーで話し合いが行われたんですよね。


ここではとにかく、なんとかして母に思いとどまってもらわなきゃってことと、自分の信仰を強めてもらわなきゃと思って長老にすがる思いでいました。この話し合いで必ず、解決すると。

んま、そんな期待も空しく結局母はさらにJWへの不信感を募らせることになったんですけどね。
わたしはといえば、どうだったっけかなぁ。兄弟がした例え話に納得できたような、無理があるような、とにかく明快な答えではなかったのは確か。臓器移植に関しても、終わりの日の見解の相違に関しても、兄弟たちもはっきり説明できない=考えても仕方ないことなんだと思うことにした。


この話し合いの後から、JWを取るのか母と兄を取るのか、究極の選択を迫られることになります。

自分の中で「JWをやめたら生きていけっこない」という気持ちがとてつもなく大きかったので、
本当にどうしていいか分からず、当時はとにかく突然兄に寝返った母を恨みましたね(^^;)。
そりゃないよ~!って感じでした、ほんと。今さらそっちに行っちゃうのかよと。

そんな母への怒りもあって、半ばヤケになって「こうなったら一人でバプテスマ受けてJWとして生きてやる!」と本気で考えて、母と兄を避けてがーっとJWの方へ傾いたこともありました。きっと家族から背教にも負けず献身したら、地域大会とかでインタビュー受けたりして一躍悲劇のヒロインになれるだろうな・・・なんてことをわりと本気で考えたりして。


だから、猛烈に祈ったんです。家族への情よりも、王国を第一にできるよう助けてくださいって。
長老兄弟や姉妹達を通して助けてくださいって。

いやぁ、見事に聴かれなかったですな(苦笑)。


あの話し合い以降、長老が母を見る目があからさまに変わり、すんごく冷たくなった。
母へ声を掛けることもほとんどしなくなり、目を合わせることすらなくなった。
まだ望みがあると思われていたわたしには声を掛けてくれてたけど、母への豹変ぶりを見たらもう長老への信頼感も一気になくなってしまい・・・。

そのおかげで、少し冷静になることができた。
「ちょっと待て。本気で家族よりJWを取るのか? 家族を捨てるほどの価値がJWにあるのか?」
と考えるようになりました。

家族よりも信仰を選ぶ!なんて勢いで決めそうになってたけど、自分一人でJWを続けていくってことは家の中で孤立し、親族の中でも孤立するということ。この先何年その状態が続くかも分からないのに、耐えられるのだろうか?と。それに耐えられるほどの居場所を、会衆の中で見つけられるのか?と。


JWか家族か・・・この拮抗した状態は本当に精神的にキツくて、その一番しんどかった頃に書いたと思われるメモが出てきたんですけど。なんかほんと、ヤバそうな自分がそこにいます(汗)。
気持ちが揺れてる自分が許せなくて罪悪感に溢れてて、「どちらでも生きていけないのだとしたら・・・」なんて言葉で最後を締めくくってあります(^^;)。この「・・・」が恐ぇー。


なんとか、JWに家族以上の価値を見出したくて、そのためには教理を疑う余地なく確信するための根拠が欠かせなくて、何度も長老や元研究司会者の姉妹なんかに相談しました。

しかし返ってくる答えはみんな、“考えるよりも行動するべし”というものでした。
行動してれば答えはあとから付いてくるみたいな。それは要するに、忙しくしてればそんなことは忘れる、考えなくなるってことでしょう。それじゃ盲信じゃないか。根拠がなくて、なおかつ家庭を壊す可能性大な音信を、他の人に話せるわけがないだろう。



そんなこんなで、完全に行き詰まり、これはもう兄が言うように客観的な外部の情報を調べるしかないのかと思い始め、それまでずっと拒み続けてた西田公昭氏の『マインド・コントロールとは何か』をやっとこさ読むに至ったというわけです。

読み始める前はもう精神的にまいっちんぐだったので、「家族と一緒に滅ぼされるならそれもいいか。」という投げやりな気持ちでしたね。人生オワターって感じで(笑)。




いや~やっぱりすごい長さになってしまいました(汗)。
完結させようと思ってたのですが、まだ書き切れてないのでひとまず今回は前編ってことで。

この『マインド・コントロールとは何か』を読んだ時点でほぼ勝負は決まってたんですけどね。

ではではまた近々、後編書きまーす。ちょっと休憩するかもですが。
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【 2009/04/07 21:49 】

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おもひでぼろぼろ ~すべてを捨てて~
いよいよ、現在に近付いてまいりました。
ここからの出来事は、つい2,3年前のことなんですねぇ。
なんだかすごく以前のことのような気がします。

不思議と、現在に近付いてくるにしたがって記憶を辿るのが難しくなってきました。
ぐちゃぐちゃとしていて、なかなか適当な文章が思い浮かばない。

そんなわけでちと纏まりのない文章になるかもですが、あしからず。


会衆内でやっと居場所を見つけ始めた頃。
ちょうど、二十歳になる年でした。

奉仕は相変わらず苦手で、いつもお腹痛くなりながらやってましたが(^^;)、
それでも場数を踏んでもう少し度胸がついてきたら、伝道者に復帰しようと考えていました。

ずっと母とペアで奉仕していたんですが、ある時、長老が母に言いました。

「ゆずぽんさんが二十歳を過ぎたら、親と奉仕することはできないんですよ。」

なんでも、二十歳になった時点で伝道者でない場合は奉仕に出る資格はないんだと。
未成年ならば伝道者でなくても親の連れってことでOKなんだけど、成人したらダメらしい。
ここらへん、いまだによく分からないシステムなんですよねぇ・・・。

“資格”ということで考えるなら、幼稚園児や小学生の子供よりも、成人した研究生の方がよっぽど、資格あると思うんですけどね。知識の点でも言語能力の点でも。小学生が研究司会するのはアリで、大人の研究生が奉仕するのはNGって、意味が分からない。


まあしかし、悲しいかな長老が言うことは絶対ですからね。
仕方なく、二十歳の誕生日の翌日から奉仕には参加できなくなりました。
せっかく慣れてきたのに、またもや“振り出しに戻る”ですよ。

あ、ちなみにこの長老は前回の記事で書いた仲良くなった長老兄弟ですね。
Y兄弟と呼ぶことにします。

で、このY兄弟はたびたび母親に、「ゆずぽんちゃんならもう伝道者になる資格を十分備えてると思うのですが、どうですか?」と勧めてくるようになりました。プレッシャーにならないように気を使ったのか、直接言われたことはなかったですね。

そこまで言われたら、もうなるしかないじゃないですか。
早く奉仕に出ないとまた慣れるまでに時間がかかる、でも伝道者にならなきゃ奉仕に出れない。
こりゃ一種の脅迫ですよね(^^;)。とにかくブランクをあけてまた一から奉仕に慣れる・・・というのがどうしても嫌だったので、半ば焦って伝道者へ復帰することを決意したわけです。


数週間後、その旨を、群れの集会の時に司会者だったY兄弟に母が伝えました。
そういえばここらへんのやりとりはずっと母とY兄弟の間で行われてたんですよね。
なんで直接じゃなかったのかなぁ?と思ったんですが、あれか、母親としてというよりは研究司会者として長老と話し合うという構図だったんですかね。それだと研究生であるわたしは交えないですね。

まあとにかく、母がY兄弟に伝えてそれでOKだと思ってたんですよ。
そもそも勧めてきたのは兄弟の方からですしね。


しかーし! 集会後に外で母と長老が話してるのをわたしは遠目に見ながら待ってたんですけど、これがなっかなか終わらないんですよ。「ゆずぽんが伝道者になりたいそうなんです。」「そうですか!それは良かったですねぇ姉妹!」てな感じであっさり終わるもんかと思ってたのに、終わらない。しかもなんか2人とも超深刻そうな顔をしている・・・。

いやぁ、あの待ってる時間の長かったこと。
なんか嫌な予感はするけど全く心当たりがなく、なぜ話が長引いてるのか不思議で不思議で。

20分ぐらいでしたかねぇ。
やっと話が終わり、一応普通に「さようなら~。」と挨拶を交わし、帰り道。
「兄弟、なんだって?」と何度も聞くわたしに母はなかなか答えない。重い口を開いた母が話したY兄弟の言葉はこんな感じの内容でした。


「ゆずぽんちゃんがやっているサイトは、エホバの証人としてふさわしくない。個人的に趣味として楽しむ分には何も言えないが(良心の問題ってことですかね?)、ネットを通じて外に向けて積極的に発信してるという行為は良くない。自分は長老として、ゆずぽんのサイトの存在を知っていながら、見過ごすことはできない。なのでその行為を改めない限り伝道者復帰を認められない。」

この内容、わたしは直接聞いてないので、今母親に詳しく聞いて書いたんですけど、見事に2人して思い出し泣き(苦笑)。いやぁ、これが長いJW生活の中で一番キッツイ記憶なんですよねぇ。で、当時のわたしに、母がかなりオブラートに包んで話してくれてたんだなぁと今になって知りました。

それでも当時の自分にとっては、本当にどでかいショックでしたね。
サイトを教えるというのはある意味、自分を曝け出すことで、本当に信頼してる人にじゃないとできないんですよね。特に人間不信気味な自分にとっては、ものすごく大きな意味を持つことで・・・。それをY兄弟は見事に裏切った(と感じた)。すでにその時点で大打撃。

サイトに関しては確かに『ヒーロー日記』てな題名で、毎週観ていたヒーロー番組のレビューを書いたりしてたけどさ、“外に向けて発信”なんてそんなたいそうなもんじゃないわけですよ。ただの感想文と日記で、訪問者だってほとんどいないようなね。


いやまあサイトの内容がどうこうじゃないんだろうけど。
とにかく「やめろ」と、ただそれだけのことなんだろうけど。


しかし前も書いたけど、もはやヒーローものはアイデンティティーそのものだったので、それを捨てろというのは自分を捨てろと言われたも同然。自分の存在を全否定されたも同然。

家に帰ってからも、ショック状態は治まらなくてなんだかもう頭ン中がぐちゃぐちゃで。


・・・自傷行為って、なぜそうしたくなるのかそれまで全然理解できなかったんですが、その時初めてフっと分かったような気がしたんですよね。初めて、自分の中の自分を殺したいと思った。悪い自分がこの中にいるのなら、全部流し出してしまいたいと思った。まぁ結局恐くて実行には移せなかったんですけどね。

にしても、あんな衝動に駆られたのは後にも先にもこの時だけでした。


こんなふうになりながらも、マイコンの恐ろしさで、数日経つとだんだん兄弟の言ったことを正しいと思うようになってくるんですよね~。「確かに、自分の中でヒーローものの存在が大きくなりすぎてたかもしれない。エホバを第一にすることを行動で示す絶好の機会なのかもしれない・・・」なんてね。



んなわけで、2006年10月に6年間続けたサイトを閉鎖しちゃいました。
よく行き来のあったサイトさんへの挨拶回りは辛かったなぁ。理由なんて書けないしね(汗)。

そんでもってその月に伝道者復帰の討議を行いました。これがまた酷くて! 司会はY兄弟ともう1人だったんですが。組織の本に伝道者になる人向けの質問がいくつか載ってるじゃないですか。あの中のイザヤの聖句、あの「剣をすきの刃に・・・もはや戦いを学ばない・・・」ってやつを読まされてですね、「この聖句を読んでゆずぽんさんはどのように当てはめたいと思われますか?」なんて聞いてくるわけですよ。Yの野郎が。事情知ってるくせに、そ知らぬ顔で。

あ~、ハラワタ煮えくり返る。

てか成人した大人に、ヒーローもの=イザヤの聖句でダメ出しって、バカにしとんのか!
幼稚園児までだろ、その定番が通じるのは。


まあとにもかくにも、今思えばとてつもなくバカバカしいことに、
すべてに模範解答を返したゆずぽんは晴れてこの討議で伝道者復帰が決定。
集会で発表されて、「良かったわね~!」「おめでとう~!!」なんてみんな言ってくるが、どいつもこいつも「え、まだ伝道者じゃなかったの?」「その歳でまだ伝道者?」っていう本音が見え見え。

そんな視線に若干カチンと来つつも、“やっとエホバを第一にできた”という達成感を覚えてました。



でもね、どこかに、自分の大事なものが全部余計なもの(悪)で捨てるべきものならば、自分は自分でなくてもいいんじゃないか、と。身包み剥がされて何も残らないんなら、誰でも同じなんじゃなかろうかと。エホバはわたしの何を愛してるんだ? 会衆のみんなはわたしの何を愛してくれるんだ? わたしの“信仰心”だけか?? そんな腑に落ちない感情がありました。

でもそれすらも余計な感情。
それすらも捨てて、一心不乱にエホバに仕えるべきなんだと、そうやって納得させてましたね。


そんな感じで見事にカラッポになったゆずぽん。
ほんっとにエホバの証人以外、生きる道はないという状態になってしまいました。


ついにJW人間と化してしまったゆずぽんに、最後で最大の事件勃発!!
次回、やっとこ最終回=メインテーマを迎えられそうです。

果たしてちゃんと書けるのか~??

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【 2009/03/24 23:48 】

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おもひでぼろぼろ ~これがピークだ!~
長老は信用できないし、母は頼りにならないし(^^;)、心を許せる友達はいないし、
で、1人で頑張るしかないのか・・・と思い始めたゆずぽん。

ちょうどその頃、大きなイベントが開催されました。
そう、国際大会です。

確か2004年の10月だったでしょうか。場所は神戸のウイングスタジアム。
うちの会衆はぎりぎりで、国際大会に参加できるゾーンに入ってたみたいで。
参加できるという発表があってから、おばさん姉妹たちは大興奮。
「わたしたちの会衆は選ばれたのよ!」みたいな空気も流れて、大盛り上がりでした。

わたしはといえば、ワールドカップで使用されたスタジアムに入れるんだ!という部分にテンション上がってました(笑)。


今となっては国際大会がいかに感動的だったかなんて、もう覚えてないんですが・・・。
その時はたぶん、盛り上がったんでしょうなぁ。チマジョゴリ着てる韓国人とか、外国人がたくさんいるんだもの。それだけでも、意味もなくテンション上がっちゃうでしょう。あと、講演もいつもの顔ぶれとは違って、統治体の兄弟とかが登場しましたしね! 誰だっけなぁ。なんとかバード兄弟だっけ?黒人の。期待したけど、別段変わり映えのしない話だったと思います。


で、まあ国際大会自体は別にたいしたことじゃあなかったんですけど。
ここで、彼女に出逢ったわけです。

そう、このブログにも兄のブログにもちょくちょく登場するH姉妹。
となりの会衆ながら話したこともなかったんですが、たまたま偶然、国際大会中4日連続で同じ時刻同じ電車に乗り合わせまして。凄まじく社交的な姉妹の勢いに押されて、4日間とも同じとこに座って一緒に過ごしました。

これを機に、お互いの家を行き来するまでに仲良くなり、今もほぼ唯一付き合いのある姉妹です。


このH姉妹というのが、本当に今まで全く会ったことの無いタイプでして。
びっくりするぐらい人懐こい、飾らない、開けっぴろげ、まわりを気にしない・・・。
自分にないものばかりを持っている人で、会った瞬間大好きになっていました。

まわりの評価ばかりを気にして、模範的な2世を演じることに必死になっていた自分にとって、
まさにお手本にしたい自然体の人だったんですよね。

18年間のJW生活で、初めてできた本当の友達でした。
実はこの大会の少し前から、「心から信頼できる友ができますように」と祈りまくってたんですね。
なので、まさしく、祈りが聴かれたんだ!!と思ったわけです(苦笑)。


これをきっかけに、「やっぱり人との繋がりも大切なんだ」と思うようになり・・・。


それから数年後、会衆にまた新たな長老夫婦が引っ越してきました。
今度は若いご夫婦。兄弟はなかなかのイケメンです。

H姉妹との出会いにより対人関係に積極的になったゆずぽんは、いち早くご挨拶しにいきました。
別にイケメンだったからではないですからね、ほんとですってば。

で、これまたすっかり意気投合。それまで見てきた長老にはいなかったタイプで、
気さくで面白くて笑い方が豪快で、若くてイケメン(やっぱりそこか!)。
パソコンでの仕事を生業にしてる方だったので、ネットとかの話もできるし、映画好き本好きという共通点もあったりして。こういう話ってあまりおじさん長老とはできないでしょ? なので、すごく嬉しかったんですねぇ。

当時やってた自分のサイトのアドレスも、この兄弟にだけ教えちゃいました・・・。

はい、案の定このことが後々仇となります(^^;)。
これに関してはまた次回の記事で触れることになると思います。



そんなわけで、友人が出来、仲の良い長老ファミリーも出来たゆずぽん。
集会も楽しくなり、伝道者復帰を目指して奉仕に励むようにもなりました。

会衆内ではこの頃からベビーラッシュの始まりで、上記の長老夫妻に女の子が誕生し、
もう1人別の長老夫妻のところにも誕生し・・・。(現在では10人弱の乳幼児がいるはず)。
子供好きだったゆずぽんには、保母さん的な役割も加わってますますJW世界へまっしぐら。


さてさて、そろそろ現在へと近付いてまいりました。
ここまででだいたい19歳頃でしょうか。


次回、運命の二十歳を迎えます。

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【 2009/03/19 20:36 】

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おもひでぼろぼろ ~悪魔襲来~
このシリーズもついに第5話目ですか。
思いのほか長々と続いてしまってます。
“兄からの説得を受けた時の心境”を書くための前振りのはずだったんですが(^^;)。

書いてるうちに、記録しておきたいことがどんどん増えてきちゃいまして・・・。



ではでは、前回からの続きいっきまーす。

吸収合併により一度は離れかけたゆずぽん。
しかしC姉妹との出逢いによりまたもや盛り返してしまいます。
C姉妹と一緒に聖書通読なんかも始めて、日曜日の集会後に1週間通読した中で感動したところや調べたところを報告し合うという、お約束な展開になっておりました。

そんなこんなで、今度こそこのままバプテスマか!?というところまで行ったのですが、
ここでまたもや、邪魔が入ります。なんか知らんがいっつも邪魔が入ります(笑)。


この度の邪魔は、必要で入ってきた特別開拓者のご夫婦でした。
それまでのうちの会衆の主宰はどうにも頼りない感じで、存在感の薄い兄弟で、
主宰がそんなだと当然、全体的に長老達が目立たない・・・という状況になってました。

そんなわけでその特別開拓者の兄弟が、新たに主宰監督となったわけです。


これが、悪夢の始まりでした。


姉妹の方は別に無害だったんですが(それでもあんま好きくなかったですけど)、
兄弟の方が、それはもう酷い人で!!

思いつくままに表現しますと、傲慢、粘着質、蛇っぽい、イヤミ、ドS、キモイ・・・(以下自粛)。
気の弱い人や、精神的に脆い人なんかはこの兄弟の牧羊プレイによく泣かされておりました。
かく言うわたしと母親も被害に遭った口です。


兄弟が移動してきてまだ間もない頃、「お話ししたいことがあるので集会後に時間を取って下さい」
ということを群れの司会者伝いに言われました。
で、集会後、その日使用してなかった3階の会場に母と2人で向かったわけです。
群れの司会者からは、「そんなたいした話じゃないと思いますよ~。」とか言われてて、さほど構えてなかったんです。うちの家庭環境でもリサーチするつもりかなぁ程度にしか思ってなかった。


それがフタを開けてみれば、そんな生易しい話題ではなく・・・。
細かいことは覚えてないですが要点だけを挙げれば、たしかこんな↓内容だったと思います。


●子供の研究を司会するのは親の義務であるのに、なぜゆずぽんは他の姉妹と研究しているのか

●他の姉妹の援助を受けれるのは、親にその義務を果たす力量がない場合だけである

●お母さん姉妹にはその力量がないのか

●とっつきやすい本1冊→『知識の本』→バプテスマが正規のルートなのに、
 ゆずぽんはいつまで別の本をぐだぐだ勉強しているのか。必要な知識はすでに学んでるはず。

●最後に、6ヶ月奉仕報告を提出していないからゆずぽんは伝道者失格である


要約すればこんな内容のことを、回りくどく、下手な喩えなんかを交えながらくどくどとしつこくネチっこく、たしか30分ぐらいの時間をかけて話されました。終始口元はニヤニヤしてるのに、目は全然笑ってなくて、あのなんとも言えない意地悪な表情は忘れられないですね。

なんだろう、この兄弟にとっては家庭環境がどうだとかその人の性格だとか精神面だとか、
そんなことはどうでもいいんですね。どこまでも実力主義で、合理主義?っていうのかな。

改めて読み返せば、間違ったことは言ってないんですよ(^^;)。
正論すぎるぐらい、正論なんです。でもそこには思いやりも気遣いも全くない。
余計な感情は全部削ぎ落として正論だけをぶつけてくるんです。


その時も、正論だということは分かってるから反論のしようもなくて、頭ん中と心ん中はグチャグチャのパニック状態になりながらも、その場で泣くことも項垂れることも悔しくてできなくて、「そうですね、はい、分かります。」と返事をするので精一杯でした。

悪夢のような空間からやっと解放されて、王国会館からの帰り道。
堪えに堪えてたものがどーーーっと溢れ出してきて・・・。

母は、その時初めて、「もう(JWを)やめようか。」と言ったんです。
母も相当なダメージを受けたんでしょうね。自分のJW人生を軽く否定されたようなものですから。


今思えば、あの時にやめとけば良かった。
でも、その時は「ここで負けたらいけない、母を支えなきゃ!」と思ってしまったんですね。
「確かに兄弟の言い方は酷かったけど、それでもエホバが選んだ長老なんだよ。わたしたちには分からないけど、エホバには何か考えがあって選ばれたんだよ。人間的な見方で、つまずいて離れてしまったらサタンの思う壺だよ。」と、そんなことを自分に言い聞かせつつ繰り返してました。


いやぁ、ほんとにまさしくマイコンされてる人の言葉ですね(苦笑)。
傷つけられたのは自分で、傷つけたのは兄弟なのに、それが事実なのに、
傷付いた自分が悪い、兄弟には傷つけるつもりはなかったはず、兄弟に否はない、となるんですね。


エホバから任命された長老の言うことなんだから正しい。
傷つけられたり不快な思いをさせられたとしたら、長老も同じ人間で不完全だから仕方ない。

・・・なんですか、この超勝手なシステムは。

思えば統治体も同じシステムですよね。
神の導きを受けてるから、組織の指針は正しい。命かけてでも従うべし!
でも不完全だからたまぁに間違うこともありますよ。しょうがないよね。


あ~、考えれば考えるほど、ムカついてきます(TT)。



話が逸れてしまいましたが、とにかく、そんな絶好の“やめ時”も逃してしまい(^^;)。
負けず嫌いなため、落ち込んで集会を休むのもシャクなので、ますます休まず行くようになりました。

しかしあの日以降、その長老のことは恐くなって顔を見るのも声を聞くのも嫌で仕方なかった。
主宰ですから、演壇に上がる頻度が高いので否応なく声を聞く羽目になるのが苦痛で苦痛で・・・。
ものみの塔は主宰が司会するので、注解がしばらく全くできませんでした。

そんでもって順調だったC姉妹との研究も、半強制的にやめる羽目になってしまいました。


それから、母と研究するようになったのですが、やっぱり親との研究は難しいんですね。
遠慮する必要がないので、気になることをガンガン質問するんですが、納得のいく答えはさっぱり返ってこない。

質問の内容は、イエスの購い、宇宙論争、自由意志についてなどなど。
C姉妹との研究で言いくるめられた点も、この頃にはやっぱりまた納得いかなくなってたんですね。


“自由意志”というのは、本当に分かんなくて、一体なにが自由なの?と。
「エホバの証人にならなきゃ死にます。でも選ぶのは自由です。」・・・どこが自由なのー!
「エホバの証人にならなくても生きる道はあります」という選択肢があって初めて自由でしょう。

ここらへんの問題は洞察なんかにも全然納得いく説明がないし、母もよく分かってないみたいだし、
もう母と研究しててもイライラするばっかりで。こんなことも分かってない人に、何で研究されなきゃいけないんだ!みたいな。てか自分で始めた宗教なんだから、ビシっと説明できなくてどうするよ!!という怒りが芽生えてきました。


思えば、例の主宰監督との一件で落ち込んで「もうやめよう」と言い出した母を励ました時から、
なんとなく「自分の方が信仰があるんじゃないか?」とか思い始めたような気がします。
立場が逆転したっていうか。

“もう誰にも頼らず自分で頑張るしかない”と気付いたというか。


それが17,8歳のころでしたかね。
そこから、自分とエホバとの関係に重点を置くようになって、横の繋がりなんか必要ないと思うようになりました。無理に仲良しを作る必要もないし、無理に交わりに参加することも必要ない。

長老という存在に関しては、敬意は払いつつもあまり関わらないようになりました。
個人への期待は裏切られるし痛い目に遭うと悟りましてね。

そうして、一匹狼、孤高の宗教家みたいな感じに憧れ始めたんですね。


しかしなんだかんだ言って根っからの寂しがり屋なゆずぽん。
一匹狼なんかが長続きするはずもなく・・・(苦笑)。


次回、また新たな出逢い編。


って、一体何話続くんだー!?
・・・自分でも分かりません。記憶が呼び覚まされてるうちに書けるだけ書きたいと思ってます。
どうぞ温かく見守ってやってくださいませ~(><)。

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【 2009/03/13 19:12 】

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おもひでぼろぼろ ~ちとグレる、そして更生~
バプテスマへ向かってイケイケな勢いをぶち壊した事件とは。


そう、“合併”

成員が50人を切るほど少なくなったため、吸収合併されることとなったのです。
物心ついた頃からずっと在籍していた会衆だったので愛着もあったのに、問答無用で消滅させられることになって、当時はかなり不満を抱いたものです。これじゃ経営不振の会社と同じ扱いじゃねえかよ!と。

まさにそのとおり!と当時の自分に言ってやりたい(笑)。

とにもかくにも、自分の会衆が消えて吸収されるというのは、普通の合併なんとなくプライドを傷つけられた感じがして、モチベーションもだだ下がり。しばらく「ガッペむかつく!!」が口癖になってました。←これエガちゃんでしたっけ?w


加えてこれまでは家庭環境のこととか不登校であることとかが暗黙の了解的に認知されてたのが、合併後には半分以上が知らない人になってしまったため、物凄く居心地が悪くなり、これからいちいち聞かれるたびに説明しなきゃならんのかと思うともうもう、集会なんて行く気が起きなくなってしまい・・・。

JW生活15年目にして、初めてグレました。

奉仕にはほとんど行かなくなり、集会にも何かと理由をつけては休むようになり。
それでも、ズル休みし続けるのは滅ぼされるのが恐くてできませんでした。

とこっとん小心者だったんですね。今でもだけど(笑)。


そんなこんなでやる気のないダルダルな2世って感じだった15,6歳の頃。
集会ではいつも“話しかけるなオーラ”を出していたにも関わらず、何かと気遣って声を掛けてくれる一人の姉妹がおりました(C姉妹と呼びます)。合併後、それまで自分の会衆にはいなかったタイプのケバいネエちゃんたちが増えた中、そのC姉妹だけは地味めで気後れしないで話せる人でした。

心を許したわたしは、その姉妹の援助を受けることになりました。
週一で研究をしてもらうことに。


それまでの間にも2人の姉妹(A姉妹、B姉妹)と研究をしてもらった経験があったのですが、
これが見事にどちらも最悪で(^^;)。

A姉妹との研究はまだ小学校行ってたころだったかなぁ。
とにかく、理想の答えを言わせようとする姉妹で、ちょっと正直な感想を述べると顔は笑ってるんだけど目が笑ってないという、あのJWがよく見せる嫌な表情をしてくる。それがムカついてムカついて、いつしか相手が望む答えしか言わないようになっていきました。

B姉妹は、献身したてみたいな10代後半の姉妹で、今思うと完全に練習台にされたなという。


そんな2人の姉妹の研究でもう懲り懲りだったんですが、もう一度だけC姉妹と今度は良い子ちゃんぶるのはやめて真剣にガチで研究をしてもらってみようと思ったんですよね。

実際、C姉妹はわたしの正直な感想や意見もいつも黙って聴いてくれて、正直「この人分かってんのか?」と思うこともあるにはあったんですが(^^;)、それでもちゃんと聴いてくれるだけでも嬉しくてかなり心を許してました。

C姉妹との良い関係がきっかけで、集会にもちゃんと全部行くようになりました。

3冊目ぐらいに『永遠に生きる』の赤い本をやってたんですけど。
わたしはそれまでイエスの購いの話がどうにも好きになれませんでした。
なんでイエスばかりがそんな苦しくて痛い思いをいしなきゃいけなかったのか、エホバがなんとかしたればええやないかと、どうにも納得いかないものを感じておりました。

あとあと、アダムとエバが反逆した時点で、やり直せばよかったじゃんとも思ってました。


この2点の疑問を、C姉妹にぶつけて、結果まんまと言いくるめられちゃったんですねぇ。

「イエスは他のみ使いに任せることもできたのに、自ら進んで犠牲になることを望んだ、
エホバもそのイエスの意思を尊重して犠牲となることを許されたのよ・・・」みたいな、そんな2人の熱い親子愛と絆をこんこんと説明されて、「そうかぁ!そんなエピソードがあったのかぁ!!」なんて感激しちゃったんですねぇ・・・。


あああ、なんてバカなんでしょう。
でもさ、この手の話ツボだったんだよね。親子愛とか家族愛とかさ。

今思えば、その手の話にわたしが弱いと分かった上で、そこを脚色して説明されたんじゃなかろうかとも考えられるんですけどね。だってエホバとイエスがどんな会話したかなんて正確には分かりっこないんだから、研究生が好きそうな話にアレンジしちゃえばいいんだもん。


アダムとエバを即刻滅ぼさずに、長い間人類が苦しむようにされたのはなぜか?
という疑問に関して返ってきた答えは、“判例”という言葉でした。
判例という表現は確か『永遠に生きる』の本に出てきましたっけ?

それまで聞いたことのない言葉で、すごく新鮮に感じてしまったんですね。

で、これまた“正義”とか“公正”がやたら好きだったわたしにとっては、ツボな説明でした。
2度と同じ歴史(過ち)が繰り返されないように、わたしたちが身を持って判例を作らないといけないんだと。わたしたちの判例が、神の法廷で大きな役割を果たすんだ、と。


・・・こんな説明で、その時は「よっしゃ頑張る!」となってしまったんですねぇ。
お恥ずかしい限りです(TT)。


でもそれで納得したその頃の自分の気持ちも、分からないではないんですよね。

それまで恐いだけの存在だったエホバとイエスを親子としてリアルにイメージできたのも大きかったし、「自分はこのために生きてるんだ!」という役割や使命感を欲してた時期でもあったし。

そういう心の隙間にストンと入っちゃったんだろうなぁと。



こんないたいけな若者の心の隙間を狙って入り込んでくるなんて、
ほとほと罪な宗教だと思います。


ま、そんなわけで合併で盛り下がったモチベーションがまたもや浮上してきてしまいました。
そのままなんとなく離れとけばよかったのにね~(苦笑)。


おっと、またまた超長くなってしまいました。
今日はこのへんで。

明日は親戚の結婚式なもんで、早く寝なければ!
結婚式参列なんて初体験なんですが、大丈夫でしょうか・・・。
なんとか楽しそうに見えるように頑張ってきます。

テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記

【 2009/03/06 17:54 】

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